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第七話 蜜の味

last update Last Updated: 2025-11-06 08:15:21

月日は颯爽と過ぎていく。日常の中で突然現れたラリアの存在が、いつの間にかラビリンスの当たり前になっていった。ゲルツシュタイン帝国へ戻って行った彼はそれ以来、なんどもこの宮殿に来訪している。最初はギクシャクしていたラビリンスだったが、彼の存在に慣れていくと警戒心と緊張は解き解され、素直な自分を表現出来るようになった。

彼から見たら最初から感情を出していると思っていただろう。しかしラビリンスの本当の姿を見れば見るほど、自分が思っていたよりもしっかりと考えを持っている女性なのだと理解する事が出来た。お転婆姫と言われながらも、戦略の話や他国との交渉をする姿は薄明で凛々しい。そこには周囲を納得させる程の才が見えた。

国王として父を支える第四王女ラビリンス。彼女はなるべくゲリアが動かないように采配を置き、周囲の人々の力を的確に指示していく。可憐に笑うその姿に隠れているのは、表面には浮かんでこない思惑と裏切りを撲滅するもう一つの顔を持っている。その表情はお転婆姫としてではなく相好の戦乙女の顔と似ていた。

「お待たせしました、ラリア様」

最後に彼がミルダントに来たのは一ヶ月前の事になる。一時はラビリンスに会う為に2日に一回は顔を出していたが、ゲルツシュタイン帝国でも何かしら動きがあったらしい。詳しい事は口にしないが、彼の様子が違った。いつもなら悪戯っ子のようにラビリンスを茶化すのだが、あの時の彼はその姿を見せる事はなかった。一緒にいるのに、何やら考えに埋もれているようだ。

空気を読んだラビリンスは、少しずつ会話のペースを落としていく。共有し合う時間は二人にとって特別。それを破棄してでも気になる物事があるのだろう。自分も立場があるから分かる。ラリアを見て自分も周囲に同じ事をしている瞬間があった時を思い出す。例え余裕がなくても、自分本位ではいけない。そう自分にいい聞かせながら、言葉を落としていく。

ラビリンスはラリアの視線を攫うと、自分の想いを形にしていく。真っ直ぐ真剣な瞳が彼に向けられていく。そんな姿のラビリンスに引き寄せられながら、彼女に呈された事を受け入れていくーー

「いいんだ……それよりもラビリンス、君に謝りたい事がある」

「どうなされました?」

申し訳なさそうにラビリンスの顔色を伺ってくるラリアを見て、頭から何度もハテナが浮き上がってくる。 謝りたいと言われても思い当たる節のないラビリンスは理由を聞き出していく。なるべくラリアの気まずさを取り除けるようにと、ふんわり微笑んだ。笑顔はいい。どんな事でも力に変えてくれる、雲がかっていた雰囲気もカラリとした陽気な空間に切り替えてくれる。

そんなラビリンスを見て、余計に罪悪感を感じてしまう。自分に向かってくる女性は沢山いる。しかしここまでラリアの心を揺さぶるのはお転婆姫だけだろう。興味から始まったはずなのに、今ではラビリンスの方がしっかり見える。恋は人を盲目にさせ、本来の姿さえも狂わしてしまう甘い蜜だった。

逃げてばかりでは何の解決もしない。ラリアはスウと覚悟を決めたように息を吸い込むと、加速していた心臓の音を安定へと促していく。瞼を瞑ると、今まで感じる事のなかった風の音、そしてラビリンスの息遣いが聞こえた気がした。全ての音が混ざりながら、彼の心はその心地よさに身を任していく。

「ラリア様?」

動きを止めた彼を心配している様子で覗き込む。ラビリンスの声に引き寄せられるように、瞼を開くと、いつもよりも力強い雰囲気を漂わしながら、王子としてのラリアへ変貌していった。目の前にいるのは誰だろう。

「私と君の婚約が決まった。君にはギリギリまで知らせるなと言われたが……私には隠す事なんて出来ない。婚約は国同士が決めたものだが、ラビリンス……君の気持ちを確認せずに進めていくのは良くない」

「そうですね、普通なら」

「だから君の気持ちを聞かせてほしい」

「……今更?」

言葉にしなくても分かってくれていると思っていたラビリンスは呆れたように言葉を吐いた。正直周りの人達の態度でこうなるだろうな、と予測は出来ていた。あれ以来ゲリアの態度も可笑しいし、今まで静寂を保っていたサイレンスが会う度にラリアとの事を助言したり、婚約を匂わしてきたりとしていた。露骨にそこまでされると、さすがのラビリンスでも可能性が高いと判断してしまう。

あの時は自分の気持ちが嫌悪に近いものだと考えていたが、彼から感じる安心感と胸の高鳴りをなかった事にはしたくない。誰かを好きになる経験がなかったラビリンスからしたら、全てが初めての経験だったのだ。サイレンスから見える自分の姿を説明された事がきっかけだったが、今としては感謝している。

二人を祝福するように庭園が輝きを放つ。手入れされている複数の花々が咲き乱れ、風によって揺れている。ラビリンスの態度がいつもと違う事に気づいたラリアは、刻が止まったように顔をあげた。彼は自分が思っている以上にラビリンスが好意を抱いている事実に直面している。

「最初は貴方の事が苦手だと思っていたの……あの時は気付く事が出来なかった。私は、貴方の事を愛しています」

その言葉は自分の口から言いたかった。先を越されてしまったラリアはスッと立ち上がると、困ったような表情で微笑みながらラビリンスを抱きしめた。本当の意味で二人の心は一つになる、その瞬間を自然界で漂っている精霊達が見つめている。

「私の方が君を何倍も……何百倍も愛しているよ」

トクントクンと互いの鼓動を感じながら、抱き合う二人。今までの事を確かめ合うようにラビリンスを抱きしめる手に力が入っていく。ふんわりと漂うはちみつの匂いに包まれながら、ラビリンスの温もりをより求めていく。くらくらする頭はまるで快楽の中でいるように錯覚をしながら、全てを堪能していくラリアがいる。

愛する人を抱きしめる、その行為がこれほど心地いいとは思わなかった。突き走る気持ちを制御する事が出来ない彼は、ゆっくりラビリンスから離れると、予告もなく深く深く口付けをしていった。

「ん……ラリ…」

「つっ……」

余裕がないラリアは獣のようにラビリンスの味を堪能していた。徐々に息が上がっていく二人は呼吸を忘れそうになる。今まで感じた事のない快感に身を委ねて、愛らしい呻きが庭園に響いていった。その姿を見ている存在がいるとも思わずに、互いが互いの感情に溺れていく。

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  • ラビリンス   第七話 蜜の味

    月日は颯爽と過ぎていく。日常の中で突然現れたラリアの存在が、いつの間にかラビリンスの当たり前になっていった。ゲルツシュタイン帝国へ戻って行った彼はそれ以来、なんどもこの宮殿に来訪している。最初はギクシャクしていたラビリンスだったが、彼の存在に慣れていくと警戒心と緊張は解き解され、素直な自分を表現出来るようになった。 彼から見たら最初から感情を出していると思っていただろう。しかしラビリンスの本当の姿を見れば見るほど、自分が思っていたよりもしっかりと考えを持っている女性なのだと理解する事が出来た。お転婆姫と言われながらも、戦略の話や他国との交渉をする姿は薄明で凛々しい。そこには周囲を納得させる程の才が見えた。 国王として父を支える第四王女ラビリンス。彼女はなるべくゲリアが動かないように采配を置き、周囲の人々の力を的確に指示していく。可憐に笑うその姿に隠れているのは、表面には浮かんでこない思惑と裏切りを撲滅するもう一つの顔を持っている。その表情はお転婆姫としてではなく相好の戦乙女の顔と似ていた。 「お待たせしました、ラリア様」 最後に彼がミルダントに来たのは一ヶ月前の事になる。一時はラビリンスに会う為に2日に一回は顔を出していたが、ゲルツシュタイン帝国でも何かしら動きがあったらしい。詳しい事は口にしないが、彼の様子が違った。いつもなら悪戯っ子のようにラビリンスを茶化すのだが、あの時の彼はその姿を見せる事はなかった。一緒にいるのに、何やら考えに埋もれているようだ。 空気を読んだラビリンスは、少しずつ会話のペースを落としていく。共有し合う時間は二人にとって特別。それを破棄してでも気になる物事があるのだろう。自分も立場があるから分かる。ラリアを見て自分も周囲に同じ事をしている瞬間があった時を思い出す。例え余裕がなくても、自分本位ではいけない。そう自分にいい聞かせながら、言葉を落としていく。

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